[ #有栖川帝統誕生祭2019 ]


 ぺらりと山札から捲ったカードに、僕は心を決めた。固唾を呑んで見守る幻太郎と帝統の眼前に、引いたカードの絵柄を見せると、二人の表情が強張った。
「……やだなあ、二人ともそんな顔しないでよ」
「だって、乱数、それ」
「早まるなよ、俺の手番で一発逆転してやっから」
 悲愴な顔で語彙力を失う幻太郎と、懸命に励ましてくる帝統は多分酔っている。
 三人で集まって、適当な酒とつまみを嗜んでいる最中、幻太郎が引っ張り出したのは大小様々なボードゲームだった。世話になっている小さな出版社が初めて手がけたものらしく、テストプレイを頼まれたとか。友達のいない幻太郎に頼むなんて間抜けだなあと思ったが、世間では見目のいい売れっ子作家、その上シブヤを代表するフリングポッセのメンバーという要素で通っているので、多少の勘違いが生まれるのは仕方の無いことかもしれない。
 慣れない手つきで、僕の事務所のテーブルに盤面や駒を配置する幻太郎を生ぬるく見つめながら、これも仲を深める手段としては有効かなと考えた。そう、軽く考えていたのだが。

「おもしれーな、コレ!」
 あれもこれもとプレイし終えて二時間ほど経つ頃、上機嫌な声で帝統はカードを切っていた。その隣で僕も内心大きく頷く。ゲームはトランプのようなカードのみのもの、ジェンガのような積み木状のもの、人生ゲームのように盤面と駒を使うものと種々雑多で、プレイ時間も頭を使わず二分で終わるものから知略を練って一時間かかるものまであり、なかなかに奥が深い。
 顔に出さないよう堪えていたが、油断するとキラキラと眼が輝いてしまいそうだった。ナニこれ、めっちゃくちゃ楽しい。オネーサンとのデートよりハマっちゃうかも、なんて馬鹿なことを考えてしまう。
 そんな調子で幻太郎の持参したゲームを次々に制覇していって、最後に残ったのは協力型のゲームだった。嵐の迫る砂丘から脱出するため、仲間と共に部品を集めて飛行船を作るというあらすじで、〆のゲームにしては単純な内容だなと物足りなさを感じていたのが三十分程前の事だ。
 予想通り単調に進んでいったゲームは、しかし中盤辺りから苦戦し始めてしまった。理由は明快で、酔いが回った幻太郎と帝統の仕業だった。二人の鈍った判断力が仇となり、ゲームの難易度を上げ、手持ちのカードと山札に眠るカードを揃えたとしても、もう部品は揃わないだろう。最後のゲームでクリア失敗か、と、不機嫌に任せて思わず舐めていた飴にガリッと噛み付く。
(あーあ、つまんないの)
 そうふて腐れながら、何も考えずに選んだカードに僕は眉根を寄せた。赤いラインに縁取られた絵柄は他に比べると明らかに異質で、左手にカードを持ったまま、右手でトリセツをぺらぺら捲る。引いた絵柄と一致する項目を見つけ、合点した。こういう手合いのゲームには必ず仕込まれている、形勢逆転のカードだ。その意味に気付いた幻太郎と帝統が、悲しげに顔を伏せたり必死に引き留めようとしてきた。
「……やだなあ、二人ともそんな顔しないでよ」
 酔った二人のお陰で揃わなくなった部品は、飛行船の離陸に必要なエンジンだった。このまま進行すればクリア失敗に終わってしまうのだが、僕が引いたカードがあれば話は別だった。
 砂丘に埋もれていた不発弾を爆破させ、離陸時の出力に代用する。そうすれば飛行船は無事に砂丘を脱出できる。カードの持ち主を、爆破の仕掛け人として置き去りにすることを条件に。
「派手でカワイイのがいいな〜っ、ピンクの爆風とかキャンディ形の爆弾とか!」
 協力型のゲームにしては後味の悪いルールだと呆れたが、そもそもたかがカードゲームだ。結果はどうあれクリアする方が気分が良い。
 折角のチャンスだ、さっさと使ってしまおう、とカードを提示して発動する。酔ってハイになった二人が、僕の犠牲に悲痛な声を上げるのを右から左に聞き流しながら、ふと、脳裏に浮かんだ光景があった。
 例えばもし現実に、似たような状況に陥ることがあったなら。自己犠牲で有名なSF映画(……何だっけ、主題歌が有名で、父親が娘のために死んじゃうやつ)のように、僕だけが幻太郎と帝統を助けられる場面があったなら。
 高い確率で今と同じ手段を執るだろうなという確信があった。二人は僕の計画に必要な駒で、替えの利く僕の身体より優先しなければならない。
 呼吸もままならない真っ暗な宇宙空間で、二人の乗った宇宙船を見上げながら、僕はスイッチを押すだろう。意外と仲間思いだった刹那の友に、バイバイ、楽しかったよ、って作り笑いを浮かべながら手を振るかもしれない。「二人に会えて良かった」なんて言わないけれど、「またね」って言葉は使いたいなと思った。だって俺は、幻太郎と帝統がいなければ成り立たないのだから。

 折角ゲームをクリアしたというのに、浮かない顔で缶ビールを開ける二人をちらりと盗み見る。床の上に転がる空き缶は一体どこまで増えるのだろうか。
 普段の集会よりも豊富な酒に、豪華なケータリング。祝われ方は知っていても祝い方はわからない僕は、帝統におめでとうを告げるタイミングを逃してしまった。
 それは多分、幻太郎も同じで。
 誰も何も言わないくせに、今日という日に三人で集まっている事実が滑稽だった。
 けれど、僕の乗れなかった飛行船をつまらなさそうに眺める二人に悪い気はしなかったので、次はもっと上手に祝ってあげようかなとソワソワした気持ちになる。
 今の僕に来年があれば、の話だけど。