[ 狂宴は遅れてやってくる ]


 今年の二月十四日は一郎、左馬刻、寂雷と過ごしていた。
 和解というか復縁というか、とにかく、あの頃と遜色の無い付き合いを僕達ができるようになってから迎えた僕の最初の誕生日は、誰が発案したのか四人で会おうって話になって。そんで、左馬刻の用意してくれたお店で僕達はおおいに騒いでいた。
 正直に言うとねえ、すっごい楽しかった。一郎のオタク話は相変わらず早口で一ミリもわかんないし、酒の入った寂雷はすわ天災か〜って感じだし、場をまとめようと奮闘する左馬刻の自覚の無い苦労人ぶりも、昔とちっとも変わってなかった。そういう空気っていうの? それが何だか僕は嬉しくて、アルコールをかぱかぱ開けながら、ずっと笑っていたような気がする。
 楽しかったんだ。幻太郎と帝統に断りを入れて、元TDDとして過ごす誕生日は楽しかった。それは本当。
 でも、お酒の空き瓶がテーブルに置けないくらいに広がった頃かな。胸のすみっこ、自分でもどこかわからないくらいに小さな場所が、チクチクって痛み始めたのに僕は違和感を覚えた。
 飲み過ぎたかな〜って大して気に留めていなかったけれど、それが勘違いだと気付いたのは、もう少し後のことだった。

 そろそろお開きにしよっか、と解散を口にしたのは僕からだった。
 スマホの時刻は日付が変わるにはまだ余裕があったけれど、家で待つ弟達を一郎が気にし始めたり、一通り暴れ終えた寂雷がうとうと舟を漕ぎ出していたり、左馬刻の疲労がピークを越えたのを察して、僕達はそれぞれ帰路へ着くことにした。「じゃあ、またね」って言葉で別れられることを、なんかいいなあって思いながらスマホを開く。大通りに沿って歩きながら、まだ時間も早いしタクシー拾ってポッセで集まろうかな〜なんて思いながら、メッセージを送ろうとして。
“今から行く”
 グループラインに一つ未読のメッセージがあったことに僕は気付いた。帝統のアイコンで、送信時間は昼間だ。丁度僕達が集まった頃に送られたメッセージは、既読2になっていたけれど返信は無い。幻太郎宛てと間違えてグループの方に送っちゃったのかな。そう思った瞬間、胸にもやっと霞がかかった気がした。
 二人は今日会ってるんだあ。相変わらず仲良しだなあと、普段ならば気にも留めない。けれど今は、それが無性に面白くない。
 今日フリングポッセのグループに送られたメッセージが、帝統が間違えた一つきりだったのも多分、胸のモヤモヤに拍車をかけていた。
(俺、二人におめでとうって言われてないな……?)
 その事実に気付いた僕は、タクシーに乗り込み、にこやかな笑みとありったけの可愛い声で行き先を告げる。薄情な僕のポッセなんか知ーらない! とむくれる僕を乗せて、車はシブヤではなくシンジュクへ向けて走り出した。


「探しましたよ、乱数。よりによってここにいるなんて……」
「やあいらっしゃい、夢野くん! いや、子猫ちゃんと呼ぶべきかな? 今夜は僕が真心をこめて――」
「あっすいませんチェンジで」
 小生伊弉冉アレルギーなんですう、と科を作りながら、幻太郎が和服の袖で一二三君を追い払う仕草をしていた。店内のシャンデリアに照らされたその光景を、ぼんやりした頭で僕は眺めている。
「幻太郎の言う通りだぜー。お前さあ、なんでコイツの店に居んの? 探すの苦労したわ」
「てんたろー……らいすう?」
「うーわ、べろっべろじゃん。珍し。どんだけ飲んだの、お前?」
「帝統、取り敢えずさっさと回収しましょ。長居は無用です」
「そーだな」
 頷いた帝統は、僕に何の断りもなく、遠慮なしに襟首を掴んできた。まるで米俵でも担ぐみたいに強い力で抱き留められた瞬間、頭がくらくらと強く揺れる。こんなに酔ったのは初めてかもしれない。乱数ちゃん帰っちゃうのお、と背中越しに掛けられた声に返事をする余裕すらない。
「ワリーな、コイツに用があるんだよ」
「また次の機会に遊んであげてくださいまし。乱数も喜びますので」
 何故か代弁する二人に、僕は僕の置かれている状況がよくわからなかった。いちろー達と別れた後、オネーさんとぱーっとお酒飲みたい気分になって、それで、一二三君のお店なら遅くまで開いてるしオネーさんもいっぱいいるしって思って…………。僕、なんでオネーさんと遊びたいって、思ったんだっけえ……?
「幻太郎やべえ。乱数落ちそう」
 目がとろとろと重くなり、瞼を開けていられなくなった僕の耳に帝統の慌てた声が響く。
「マジですか。もうちょっとで小生の家に着くんですけど」
「マジのマジ。目開かねえもん」
 真っ暗な視界の中で、僕のほっぺたを誰かが突く感触がした。思わず顔を顰めたけれど、やっぱり眠くて、目は開けられない。
「ガチ寝ですね……。帝統の膝の上って、そんなに寝心地よくないと思うんですけど」
「でもタクシーって乗ってると眠くならねえ?」
「それは貴方がメーターを気にする必要がないからですよ。仕方ありませんね……今夜は寝かせませんよ、と言いたいところですが今日は大人しく、三人で川の字になって寝ますか」
 溜め息と共に諦めた声を出したのは、多分幻太郎。多分って思うのは、口調がげんたろーっぽいから。
 狭い車内の中で、誰が何を話し合っているのか、僕の寝ぼけた頭ではもう判別がつかない。
「えーっ、三人で花札すんじゃなかったのかよお」
「黙らっしゃいッ! 我々のような職業にとって睡眠がどれほど大事か、パチンコの新台くらいしか早起きの理由がない帝統にはわかりませんか? 眠れる時に寝ておかないと私達は死ぬんですよ!」
「いや、睡眠は毎日取れよ……」
 うるっさいなあ、と思いながら僕はもぞもぞと身動ぎをした。耳に入るのは聞き慣れた遣り取りのような気がするけれど、ものすごく眠たい今の僕にとって、さっきから聞こえてくる誰かの話し声はあまり快適なものではない。
「……起きちゃいました?」
「や、寝てる」
 取り敢えず静かにしましょうか、って声が聞こえた後、ようやく車内に音がしなくなり、僕は安堵した。ああこれでようやく眠れると、心置きなく意識を手放す。
 だから、誕生日おめでとうって囁きが二つ、落ちてきた気がしたのは、僕の見た夢かもしれなかった。