[ #夢野幻太郎誕生祭2020 ]


 春なのに雪が降った日だった。前日比マイナス十七度の気温に耐えかねた俺は、ここ数日根城にしていた公園のベンチを退散し、幻太郎の家の戸を叩くことにした。
 出迎えてくれた幻太郎は、雪の中手ぶらで立つ俺の事情を察したのか、問い質すことはせずあっさりと暖気に満ちた室内へ通してくれる。持つべきものはマブダチだな! と思ったままを口にすれば、溜め息をひとつ落とされた。
「俺、今日は何でもお前の言うこと聞いてやるから、して欲しいことあったら言えよ」
「ええ……どうしたんです急に。気持ち悪い」
「気持ち悪いって何だよ! シツレーな奴だな」
「今日の春雪は貴方のせいかもしれませんねえ」
 人の抗議を無視して庭に積もる雪をやれやれと眺める幻太郎に、俺は少し躊躇った後、呟く。「だって今日、お前の誕生日じゃん」と。


 ダチの誕生日の祝い方は正直よくわかんねえ。
 そう呼べる間柄の人間が今まで居なかったのもあるし、俺の感性が一般とは結構ズレてるのも理由な気がする。だから手っ取り早く本人に聞きゃいいだろって思って、誕生日だし何かしてやるのも悪くねえなって、そういう気持ちもあって俺は幻太郎の家に来ていた。(勿論、野宿を避けたい気持ちも結構含まれていたが)
 そんで結論から言うと、俺は調子に乗った幻太郎におおいに酷使された。雪で外出が出来ない分、家の中の雑事をあれもこれもそれもと投げられる。俺は萬屋じゃねーぞと思ったが、ぎこちなく家事をこなす姿が面白いのか、幻太郎は終始楽しそうに笑っていたので、文句を言うのは止めておいた。

 夕方まで存分に働かされ、流石にくたびれてきた頃、俺をからかい尽くして満足した幻太郎が夕飯を拵えてくれた。
「帝統、今日はありがとうございました」
「別にいーけど……お前、ホンット遠慮がねえよな」
 食卓で向き合いながら、幻太郎のお陰で筋肉痛になった肩を回すと、静かな声が返ってくる。
「心外ですねえ。小生、一番して欲しかった事は、我慢しましたよ」
 一番。その響きに俺は思わず目を閉じた。胸の奥がざわめくのをやり過ごして、喉を震わせる。
「……言っていいんだぞ、幻太郎」
 できる限り優しい声音が出るように努めると、幻太郎の箸を持つ手が僅かに震えた。絞り出したような声が食卓に落ちると、俺達はもう駄目だった。
「乱数に会いたいです」
 他にはなにもいりません、と俯く幻太郎と俺の願いは一つだけだった。
 飴が尽きる寸前に乱数を仮死状態にしたのを、まるで昨日のことのように覚えている。乱数が眠ってからもうすぐ一年になるが、再び会える見通しは未だ立っていない。
 乱数のいない季節はずっと冬のようで、窓の外でいまだ止まない雪は、俺達の心情そのものだった。