[ #飴村乱数誕生祭2022 ]


 だだっ広い無人の草原に、子供のような泣き声がわんわんと響き渡っていた。
 ボクが泣く度に雷鳴のような轟きで地面の牧草は吹き飛び、ボクが一歩進む度に地面はひび割れ裂けていく。こんな可愛くない姿見られたくないと悲しくなり、でも幻太郎からも帝統からも逃げてきたから見られることはないんだと気付いて、喉元がひっくとしゃくり上げた。う、と堪えきれずに止めどない涙が頬を流れ、そして鱗を濡らす。見下ろした自分の身体にぞわぞわと寒気が走る。
「なんでボクなのぉ……」
 ほんの十分前まで、ボクはふわふわの可愛い、どこにでもいる普通のドラゴンだった。半分人で半分ドラゴンの中途半端な生き物だったけど、人好きのする可愛い顔と、柔らかでドラゴンにしては小柄な身体は町中で誰にも怖がられることはなかった。それなのに今はどうだろう。一歩歩けば巨体の重みで地面が割れるし、少し泣いただけで辺りの草が吹き飛ぶ強風が巻き起こる。見下ろした身体はいつものつるりと滑らかな皮膚ではなく、固くて鎧みたいな鱗でびっしりと覆われていた。
 多分身体を捻れば、大きな翼を広げて空を飛ぶこともできるだろう。やったことはないけれど、何となく感覚で理解していて、それは無理矢理呼び起こされた本能だった。

 幻太郎と帝統、二人の旅の仲間とはずっとうまくやっていた。
 記憶を失い、家族も同じ種族の仲間も知らずにずっと一人で生きてきたボクを旅の仲間に誘ってくれたのは、嘘吐きな詩人とギャンブル好きの遊び人だった。二人に手を引かれるままにいろんな町を訪れて、沢山の人間やモンスターに出会って、思い出という名の経験値を積んだ。ボクはただ楽しく三人で過ごしていただけだったけれど、あの女はそれを『時が満ちた』と言った。経験値の貯まったボクは、役目を果たす力を手に入れたのだとも言った。
 帝統のお金を奪った森の動物達を追いかけて、二人とはぐれてしまったボクの目の前に現れた女のステータスは魔女だった。花街にいそうな濃い化粧に真っ赤な髪で装われた目立つ身体は、禍々しい杖を振り下ろしてボクに呪文を唱える。頭が割れるような痛みを覚えた後、真っ白に視界が弾け飛び、ボクは自分の生まれた意味と役割を知ってしまった。三人で楽しく旅をしてきたこの世界を滅ぼす為に魔王が作った、凶悪な力を持つドラゴン。それがボクの正体なのだと思い出してしまった。
 ボクを捕獲しようとした魔女にダメージを与え、女から、そして幻太郎と帝統からも逃げるように、町とは反対の荒れた危険な荒野へ走った。身体をうまく使えばひとっ飛びに移動できるんだろうけど、そんな怖い力は使いたくない。歩く度にどすんどすんと可愛くない地響きの立つ今の身体が怖くて嫌いで、必死に逃げている内にぼろりと涙が零れた。
「げんたろー、ダイス……」
 しゃくり上げながら名前を呼ぶけれど、二人にはもう会えないのだと解る。十分前とはまるで違う生き物に変わってしまったボクを二人がどう思うかなんて想像もしたくなかったし、何より、一緒にいれば危険な目に遭わせてしまうだろう。
 だから、ボクの地響きみたいな足音に混じって後ろから大好きな声が聞こえているのには気付いていたけれど、決して振り返らなかった。幻太郎と帝統が必死にボクを呼ぶ声も、追い掛けてきてくれる足音もちゃんと聞き分けていたけれど、それを心に刻み込んでボクは身体を大きく捻った。大きな翼がばさりと広がり、力を込めるとボクの巨体が軽々と浮かぶ。
「「乱数、行くな!」」
 重なった二つの願いを振り払って、翼を羽ばたかせ、ボクは二人との旅にお別れを告げ飛び去った。