[ #飴村乱数誕生祭2024 ]


 忘れられない夜がある。

 こんなお祝いしかできなくてごめんなさい、と幻太郎は言った。三人で籠もっていたホテルで思いがけずに差し出されたマカロンは十分なサプライズだったのに、普段なら悪戯っぽく笑う筈の幻太郎の表情は申し訳無さそうに陰っている。
 中王区に追われて、ボクと同じ顔をしたクローンから逃げて、そんな日々を繰り返していたから今日が誕生日だなんてすっかり忘れていたし、二人だってそれどころじゃないだろうにと思う。飴村乱数さえ差し出せば、何体も存在する失敗作のうちのたった一体を明け渡せば、幻太郎も帝統もこんな不自由で危険な時間はすぐに終わるのに、どうして二人ともちょっと気まずそうな顔で、ボクの誕生日を祝えないことを詫びているんだろう。
 目の前に置かれた、二個入りのマカロンをじっと見つめた。コンビニのロゴが印字されたビニールの包装を無言で見つめるボクに、幻太郎は「貴方もうちょっとマシなの買って来れなかったんですか?」って帝統を小突いて、「誰もいねータイミングだと在庫が枯れてンだよ……」と苦い顔で帝統が説明する。そんな応酬を交わす二人を見ているボクの目は段々と熱くなって、我慢できずに俯いた瞳からぼろりと涙が零れた。

 たった二つのマカロンを三人で分け合った後、めそめそと泣くボクの背中を優しく擦る幻太郎と、来年はもっと派手にやろーな!って張り切る帝統に挟まれながらベッドの上でそっと瞼を閉じる。
 来年の誕生日を迎えられる自信は無い。あとどれだけ生きられるのかもわからない。だからせめて、今夜三人だけで過ごしたこの静かなお祝いの夜を二人はずっと覚えててくれたらいいなぁと思いながら──こんな瞬間があるのなら、生まれてきて良かったのかもしれないなって考えながら、ボクは最高の二月十四日に幕を下ろした。