[ マイクは嘘を吐かない ]


 帝統と二人、コタツに並んでそれからリモコンのボタンをピッと押した。幻太郎の家はいかにも文豪の雰囲気漂う、古い一軒屋だけれど、置いてある電化製品はどれもこれも最新で、そして金額を問わない。
 和室にはちょっと不似合いな大画面、そしてえぐいほどの解像度の最新のテレビで再生したのは、発売されたばかりの僕達のライブ円盤だった。
「うわ、画質やべえー」
「うーーん、照明当たると青くなるな……次はファンデ変えた方が良さそう……」
 籠に積まれた甘納豆を囓りながら、テンションの上がる帝統と肌のチェックに余念の無い僕。テーブルの上には他にもみかんだのアイスだのクラッカーだのが散らばっていて、家主がいないとは思えないほど僕らは寛いでいた。
 幻太郎は今、担当さんと打ち合わせに出ている。戻るまであと一時間と言うところだろうか。ひょっとしたら、丁度いいタイミングになるかもしれない。テレビの中では、まだ何も知らない幻太郎が、綺麗なライムを奏でている。


 フリングポッセとしてライブを重ねて、演出や傾向がある程度固まって来ていた頃だった。お客さんも皆そういうのを理解して、そして期待してライブに足を運んできてくれている。それは承知していたけど、安定した軌道に乗っかってしまったフリングポッセなんて、つまんないじゃない?
 僕達はまだまだ上へ行けるし、変化し続けられる。そういう想いを形にしたくて、これまでとはガラリと趣向を変えたのが今回のライブだった。それを幻太郎が、客席にわかりやすく、言葉を選んで丁寧に伝えていた時だった。
 水分補給とヘアセットで舞台を捌けていた帝統が戻って来た。すぐに照明がその姿を捉え、ステージには幻太郎と帝統と僕の三人が揃う。MCにまだ参加していなかった帝統に、幻太郎がコメントを求めた。まさかあんな返事が返ってくるとも思わずに。


「げんたろーが今、皆にマジメな話してたのはわかるんだけど、幻太郎が可愛すぎて話がなんも入ってこなかったわ」
 照明に照らされた帝統は、バックスクリーンを振り返りながらあっけらかんと告げる。
「普段から可愛いけど、会場のデケえ画面で見る幻太郎やべえよな! ちょー可愛い!」
 屈託の無い顔で帝統が笑った瞬間、客席からの悲鳴で会場が揺れた。比喩でなくあの瞬間、間違いなく揺れていたのを僕は体感している。
 ライブ映像はそこで突然、途切れた。
「な、な、……っ何で、」
「おっ、お帰りーげんたろー」
 帝統の声に振り向くと、リモコンを持った幻太郎がわなわなと肩を震わせながら立っていた。
 床の上には、有名な仕出し屋の紙袋が放置されている。ちらりと時計を見るとそろそろ夕飯に丁度いい時間だった。頼んだわけでもないのに、幻太郎は本当に優しい。まあ、この後の展開次第では弁当にありつけない可能性もあるんだけど。
「カットしてくださいって言いましたよね?!」
「ごめーんねっ、幻太郎」
 ぺろりと舌を出して謝ると、鋭い視線が飛んでくる。でも知っている。幻太郎は怒っているんじゃなく、恥ずかしくてどうしていいかわからないだけなんだと。
「つーか、消すなよ。見てんだから」
 無情にも帝統が再生ボタンを押し、再び大画面に幻太郎が写し出された。ぽかんと呆けた後、帝統の発言を飲み込んだのか、ぶわりと顔が、耳が、真っ赤に染まる。
 シブヤディビジョンの代表として人前に立つ時の幻太郎は、いつも飄々としていて真意が掴みにくい。客を翻弄することは多々あれど、振り回されている自分を曝け出す事はまず無かった。そのギャップが存分に収録された今回の円盤は、発売初週の売り上げで過去最高を記録している。
「信じられない……信じられません、こんなの人権侵害です」
 袖で顔を隠した幻太郎は耳まで赤かったし、見つめる帝統の顔はにやにやと締まりが無い。ステージの上だろうがプライベートだろうが裏表のない帝統が言った、「普段から可愛い」という言葉を思い出す。
(……僕も同じ事思ってるなんて、二人は知らないんだろうなあ)
 二人を眺める僕は多分、結成当初には予想もできなかった優しい顔をしている。