[ 親の心子知らず ]


 今回は割と、ガチで、やばかった。二人を事務所に呼びつけて事情聴取をしたのは、今後絶対に同じ轍を踏ませないようにとの、親心のような意味合いもあったのだ。
 帝統が一般人にヒプノシスマイクを使った。これを最初で最後にしないと、フリングポッセの存続に関わる。頭を下げ金を積み、ヒプノシスマイクの没収をかろうじて免れた僕は、大きな危機感を胸に、僕が決めた二人のメンバーを見つめていた。
 応接室のソファーに座らず、フローリングに直に正座をする心掛けは悪くない。反省の色がちゃんと見て取れたし、項垂れる二つの頭はきちんと後悔しているように思えた。

「乱数、マジで悪かった!」
「本当に、申し訳ありませんでした」
 両膝に手をついて頭を下げる帝統と、三つ指ついて同じく頭を下げる幻太郎。二人とも誂えたように、深々と、綺麗に同じ角度で詫びている。雰囲気はまるで正反対なのに、並んだ姿は番の人形のようにしっくりと馴染んでいた。
「原因は報告して貰うよ。今回はほんとーに、メッ、で済む問題じゃなかったんだからね」
 口の中で飴玉を転がしながら告げると、帝統が居心地悪そうに視線を彷徨わせた。それからしぶしぶと語り出した一連の流れは、こうだ。

「げんたろーんチに帰ったら」
 第一声が随分と甘えた言葉だったので、思わず出鼻を挫かれた。(帰る? その言い方違うんじゃない?)と訂正したかったが、話が進まないので頷くだけに留めた。
「俺の布団に知らねえオッサンが寝てたから」
(俺の? 俺じゃないでしょ、幻太郎の家の、客用の布団でしょ?)と思ったが、これもまた頷くだけに留める。
「取り敢えず蹴っ飛ばした」
「ハ?」
 我慢してきたが、ここで思わず声が出た。しかも地声。自分でも久し振りに聞いた、低い声だった。
「そしたら幻太郎のやつ、慌てて飛んできて。言い訳でもすんのかなと思ったら、オッサンの方を庇いやがって」
「当たり前でしょう。あの人は昔から世話になっている出版社の方ですよ、いい加減顔くらい覚えてください」
「ハァ?! 世話になってるからって、泊める必要ねーだろ!」
 盛大なブーメランを放った帝統に、思わず口がぱかりと開いた。いや。いやいや……えー、それ言っちゃう? どの口がァ?
「大体、あんな遅ぇ時間に、一人暮らしのお前んチに原稿取りに来るのがヘンだろ。ぜってー何か企んでたって」
「出版社というのは朝も夜も無いんですよ。帝統は心配しすぎです」
「ほーら何もわかってねえ! お前はいつもそうだ」
「解ってないのは貴方の方ですよ。あんなの、よくある事です」
「……よくある、だァ?」
 帝統の方から不穏な空気が流れ出してきて、あーこれ駄目だ、と僕は諦めた。大体の経緯は察したからいいけど、報告中ってことを忘れるなよ。
 ヒプノシスマイクは、H歴における唯一の武器だ。これを所持する者とそうでない者には、絶対に覆せない力の差が生まれる。ヒプノシスマイクを使えるのは、お互い所持している場合のみ。帝統は今回、大きなルール違反を犯した。
「取り敢えず、帝統のヒプノシスマイクは暫く僕が預かっておくからね」
「う……悪ぃ。でも、本気でやるつもりじゃ……二度と幻太郎んチに来ないように、ちょっと脅そうと思っただけで」
「未遂でも、一般人を相手にヒプノシスマイクを取り出すのは許されることじゃないんだよ。頭冷やすんだね」
 わざと大げさな溜め息を吐けば、素直な帝統はしょんぼりと肩を落とした。
 これでよし……さて、もう一人はどうしようかな、と案を巡らせながら、幻太郎の方を振り返る。非の無い彼に罰を与えるのもなあ、と迷っていたら、
「ていうか、これ、小生が謝る必要なくないですか?」
(今気付くんだーーーー遅っっそ!)
 夫の不始末に頭を下げる妻そのものだった幻太郎が、はたと我に返った顔で、僕に確認を求めてきた。そうだね。帝統が勝手に嫉妬して暴走しただけで、幻太郎が謝る必要、一つもないね。
 でも。
「勿論、幻太郎はなーんも悪くないよっ。その代わり、ダメダメな帝統はァ、今日から一ヶ月幻太郎の家に泊まるの禁止ねっ」
 言われた帝統以上にショックを受けている幻太郎の顔を見て、二人はやっぱり共犯だ、と思った。