[ ワン・モア・プリーズ ]
有栖川帝統がギャンブラーって無理があるんじゃないだろうか、と思う時がある。例えば今がその時だ。ポーカーフェイスどころか不機嫌を隠さない素っ気なさで、次から次へと寄ってくる人間を片っ端から邪険に扱っている。
取材を兼ねて帝統にくっついて競馬場に来たのは良かったが、配当の高い三連単を当てた瞬間、隠すどころか大声で喜ぶ帝統に目を丸くした。やったぜーげんたろー!と抱きつかれたのにも戸惑うが、それよりも貴方、声が大きすぎやしませんか。大金を手にしましたと言いふらしているようなものですよ、と小生の方が心配になって周囲を見てしまったし、嫌な予感は当然当たった。
「なぁ〜だいちゃん、五万でいいから、なっ。倍にして返すから!」
「あーゴメン、また今度な。借金がやべえんだよ」
「なんだよー冷てえな。金なんて返すもんじゃねえだろ」
聞き覚えのある懇願だな、と思いながら帝統にすり寄る老人を眺める。伸び放題の無精ひげがなんともだらしないが、見覚えのある顔だった。確か、たまに帝統に日雇いの仕事を斡旋している老人ではなかろうか。あまり邪険にしていい相手ではないのでは……。
「ダイスー、店行こうぜ店! いいとこ教えてやっから」
「あー、誰が行くかよ。勝手に遊んどけ。んで、病気貰ってこい」
確かこちらの青年は、帝統がたまに行く雀荘のアルバイトだったか。素寒貧になった時に店に寝泊まりさせて貰った事があると聞いていたが、もう少し愛想のある断り方の方がいいのではなかろうか……。
「やだー、帝統今日は金持ちじゃーん! ごはん一緒に行ってあげてもいーよお」
「ぜってーやだ、てか、お前クセエ。もーちょっと香水は選べよ」
こちらの女性は初めて見る顔だった。ちらりと帝統に視線をやると、小声で囁かれた。前に黒服のバイトをした店の方ですか。はあ、それはいいんですが、わざわざ耳元で囁かなくとも聞こえますよ。近すぎて唇が当たったような気がします。
「よっし幻太郎、メシ行こうぜ! 俺のオゴリだ!」
すり寄る人間を全て振り払った後、にかりと笑って小生の腕を引っ張る帝統に、思わずたたらを踏む。え、そのお金、小生とのメシに使っていいんですか?
「うまい?」
「そうですねえ。小生、前前前世では仔牛だったのですが、市場へ連れられていった日の澄んだ青空を思い出させる味ですね」
「何だそれ、訳わかんねえ」
美味しいですよ、ありがとうございます。素直にそう言える口は生憎持ち合わせていなかった。
帝統への貸金は今のところ、ゼロだ。きちんと返済して貰ったので、この食事は本当にただの奢りということになる。気まずい。
高級焼肉なので個室なのはまあ納得できるが、何というか、居心地が悪かった。店の居住まいは価格相応なので文句の付けようがないが、落ち着けなくてもぞもぞする。店のせいではない。原因は目の前に居る男だ。
「ホラ、野菜も食えって。お前結構偏食なところあっからなあ」
ひょいひょいと小生の皿に勝手に付け合わせを置いていく帝統は、世話が焼けるぜと零す言葉とは裏腹に、とても楽しそうだった。自分の皿そっちのけで、「幻太郎こっち焼けてるぜ」「幻太郎何飲みたい?」「お前箸の持ち方綺麗だよなあ」等々、小生が口を挟む暇もなく面倒を見られて。頬杖をついてこちらを見つめてくる姿に、居たたまれなさがついに爆発した。
「……話しづらいッッ」
「うお、ビックリした。急にどうしたよ」
どうしたって? それはこっちの台詞ですよ。だって貴方、全部、顔に出てるんですよ。訳わかんねえだの手がかかるだの言いながら、何でそんな優しい……愛おしいものを見るような目で、小生を構い倒すんですか。
以前の貴方はそんなんじゃなかった。肉を前にぺらぺらと嘘を混ぜたうんちくを語る小生に、それよりポーカーしようぜって、小生の話も食事も遮ってトランプを切っていた帝統はどこ行っちゃったんですか。今目の前にいる、甘ったるい情を小生に注ぐ男はいったいいつ、どこから現れたんですか。
「おい、どーした幻太郎。なんか喉に詰まったのか?」
心配そうに覗き込んでくる帝統に、己の顔がぶわりと熱を持ったのを感じた。気付けよいい加減。どうかしちゃったのは俺じゃない、そっちだ。
鼻先がくっつきそうな距離の近さを、この男はおかしいと思わないのだろうか。思わず一歩後ろに引いた小生を追いかけるように、更に距離を詰めるのは何故だ。
――そして俺も。適当な言い訳で追い払えばいいだけなのに、帝統に近寄られて、開いた口をすぐに閉じてしまった。呼吸がうまくできない。息を吸うように嘘八百を並べ立てるのがアイデンティティなのに、それが崩れそうになる。
帝統といると恥ずかしくて、うまく喋れなくなるだなんて、俺の方こそ小説家失格かもしれなかった。