[ Take1 ]


(あ〜〜、ふっかふかの布団、最高!)
 両腕で枕を抱きしめながら、得がたい幸せを俺は噛みしめていた。
 月に何度か世話になる幻太郎の家の客間は、畳だ。畳に布団の組み合わせは、幻太郎の家以外ではまずお目にかかれない。俺の寝床は懐次第でホテルだったりネットカフェだったり顔見知りの家だったり、野外だったりする。最後を除けば殆ど洋室なので、幻太郎の家の寝床を借りるとホッとすると言うか、いつも懐かしい気持ちになった。(大理石と絨毯ばかりの実家で育ったのに、懐かしさを覚えるのが不思議だったが)
 そんなこんなで、幻太郎の家で寝るのは俺の密かな贅沢でお気に入りだった。
 メシと風呂も大概セットで世話になっていたので、泊まる時俺は大体爆睡している。朝に弱いタイプでは無いが、気が緩むのか満たされているからなのか、幻太郎に起こされるまで目を覚まさないのが常だった。――だから、知らなかったのだ。


 珍しく幻太郎より先に目が覚めた俺は、横になったまま布団の脇に置いていた携帯を掴み、時間を確認した。am6:00。
 朝日の差し込んだ部屋は明るかったが、普段ならまだ寝ている時間だ。何で目ぇ覚めちまったんだろ、と疑問に思って、昨夜の幻太郎との会話を思い出した。
(小生、明日は遠出の用事がありますので、いつまでも寝ていたら蹴飛ばしますからね)
 食後のコーヒーを啜りながらにこりと笑った顔に、合点がいく。あいつのことだ、いつまでも寝ていたら確かに蹴り飛ばされそうだし、釘を刺されていたからにはここは素直に起きるべきだろう。それは解る。解るのだが。
(……げんたろーの布団、気持ちいんだよなあ)
 ごろりと寝返りを打つと、真綿に包まれるような感触に襲われる。この誘惑はギャンブルとはまた違う逃れられなさがあって、俺は大して迷いもせず、ごろ寝に浸る方を選んだ。
 時間がくれば幻太郎が叩き起こしてくれるだろう。小言は聞き流せばいいかと、俺は開き直ってふっかふかの布団の心地よさに身を任せる。
 客間の障子が静かに開かれたのは、それから十五分後の事だった。



「だ、帝統。あの、離してください」
「んー……もうちょっとこのまま」
「だ、ダメです、小生用事があると昨夜言ったでしょう?」
 俺の腕の中で固まっている幻太郎は、耳まで真っ赤だった。
 抱きしめているので顔ははっきりとは見えなかったが、どんな表情をしているのかくらい、流石に察しが付く。だらしなく緩みそうになる口元に、俺はちょっと力を入れて何とか平静を保った。

(――こんなことだろうと思ってましたよ、帝統)
(人の布団でこんなに気持ちよさそうに眠って……呑気なものですねえ)
 スッと障子が開き、僅かに畳が軋む音と近寄ってくる人の気配に、俺は眠ったふりをしながら内心溜め息を吐いていた。
 呆れた様子の幻太郎の声に、ああ、これでこの布団ともお別れかと思うと名残惜しい気持ちになるが、蹴飛ばされるのは出来れば避けたい。しゃーねえ、諦めて起きるか、とうっすら瞼を開いた俺は、そのまま目を丸く見開いた。
 いつまで寝てるんですか、この素寒貧ギャンブラー。そう罵られて蹴飛ばされるのが定石だろうと思っていたんだ、俺は。身体を揺する優しい手と、眠る俺に掛けられた甘い声は全く想像外で、起きようとしていた俺の身体は完全に硬直した。
 ――何だこれ。幻太郎、お前いつも、こんな風に俺のこと起こしてんの?

「帝統……っ、寝ぼけるのもいい加減にしてください!」
「寝ぼけてねえよ。少しくらい良いだろ、一緒に二度寝しようぜ」
「無理です。なんで小生が貴方と」
「五分でいーよ」
「よ、よくない」
 俺を起こしに来た幻太郎の全くの不意打ちに、気付けば腕を引っ張って抱き寄せていた。ぱちぱちと目を瞬かせた後、火が点いたように暴れる幻太郎を無理矢理布団の中に引きずり込んで、抱きしめる。
「今めっちゃいい気分なんだよ、俺」
 だからあと五分、と呟く俺の口元は、今度こそ完全に、ふにゃりと緩んでしまった。