[ yesterday ]


 夢野幻太郎がセンター街をぷらぷらと散策していたのは、決してこの瞬間のためではなかった。月刊誌へ寄稿する短編の題材を探し求めていたのであり、道端の植え込みに頭を突っ込んでいるチームメイトを保護するためでは無かったのだが……。
「幻太郎じゃねえか〜!」
 歩道に尻を突き出していた見慣れた緑色のコートがもぞもぞと身動ぎし、幻太郎とばちりと目が合ったかと思うと明るい声を上げた。帝統の気安い呼び掛けはそこそこに声量があったので、勿論幻太郎も自身が声を掛けられたことには気付いたものの、短編の題材を探し求める足は立ち止まらなかった。チームメイトを無視し、すたすたと他人顔で通り過ぎようとしたものの、幻太郎の腕を悪気なく掴んだ帝統によって歩みは強制的に止められた。
「いやいや、逃げんなって! 金タカったりしねえからさ」
「……」
「今日はツイてるんだぜ〜。勘が冴えてるっつうの? なんか光ってんなーって思ったら、なんと五百円も見つけちまったんだからよぉ」
「いい、どうでもいいから、嬉しそうに大声で説明するのはおやめなさい……っ」
 昼中のシブヤディビジョンを行き交う人々は当然多く、頭に草葉を付け、白いズボンを土で茶色く汚し、自慢気に五百円硬貨を掲げて悪目立ちしている帝統を幻太郎は叱責した。予測の立てられない男の振る舞いには慣れているとはいえ、幻太郎の顔はやや引き気味である。
「その格好で声掛けないでくれませんか?」
「え、何で」
 他人の振りをしたいという機微を理解しない帝統は首を傾げた。
「いーだろ別に。だって俺達ダチ……」
 平然と答えていた声がやにわに勢いを無くしたかと思うと、喉でも詰まったかのように帝統は声を引き絞り、
「だっ、ダチ……じゃなくて、恋人なんだからよ」
 とぼそぼそと言葉を繋いだ。普段の彼らしからぬ囁くような語尾の声量の小ささ、そして赤面している顔を対面で受け止めた幻太郎は、ぱちぱちと目を瞬かせる。それから口角はまろやかな弧を描き、腕はするりと帝統のそれと絡んだ。
「おわっ……」
「んふふふふ」
「いいのかよ、汚れるぞ」
 ぴたりとくっつき顔を綻ばせる幻太郎に、先程指摘されたばかりの土にまみれた自身の身なりを帝統は言い訳にした。収まりが悪そうな顔をして身動ぎするが、幻太郎は離れる素振りを見せない。上機嫌に微笑む顔は、たった十八時間前に友人から恋人という肩書の増えた存在のものだった。
 昨日までは決して絡むことのなかった腕の熱に、帝統はやはり顔を赤らめたまま、「……恥じいな」とぼそりと呟くのだった。