◆ 長期取材旅行から帰宅したら片思い中のデッドオアアライブの薬指に指輪がキマっていた話 ◆

※表題通りの帝幻が途中でbitter版/ビターエンドとsweet版/ハピエンに分岐する短編です。どちらも両思いです。




 いやあビックリしちゃいました。ビックリしすぎて小生、帝統はんの薬指を見た後に何故か自分の薬指をまじまじと見つめてしまったんですよね。ひょっとして同じものが自分の指にもキマってるんじゃないかなと思って。
 まあ、無かったですね、勿論。


 久し振りに長期の取材旅行でした。連載な上、主人公が列車で全国を巡る古の類のミステリー作品だったので、取材場所も確認事項も多くて。数ヶ月ぶりに自宅に戻れた時には、安心してどっと疲れが押し寄せていました。
 そのまま大人しく布団に倒れ込んでいれば良かったんでしょうね。でも小生、疲れ切っていたのですよ。だから可愛い野良猫の顔が見たくなってしまって、土産を口実に万年すかんぴんの愛猫を呼び出しました。ちょっとからかって癒やされたかった。ただそれだけの、ささやかな願いだったのに。

「ありがてェ〜〜! 一週間ぶりの肉だぜ!」
 土産の高級無添加ソーセージ詰め合わせセットをホットプレートに全部ぶちまけて、ファーストフードのような扱いで次々に口へ詰め込む帝統の、左手薬指に光る指輪を小生はまじまじと見つめた後。疲れてるのかなと立ち上がって洗面台で顔を洗い、目薬をさし、すっきりした頭で居間に戻ったのに、目に映る光景は先程と寸分違わずで、帝統の指にはきらきらと高級な輝きを放つ指輪がはまっていました。素人目にもわかる、質の良いきちんとした品です。
 帝統の指にあるのなら自分にも同じものがはまっているかもしれないと、洗顔でひんやり冷たくなった己の左手をしげしげと眺めました。ネックレスは頂いたことがありますし、同じ装飾品なのだから次は揃いの指輪を私達が身に着けていても何の不思議もない筈ですよねって、そう願いながら。
 けれど視線の先には帰路の新幹線で原稿を書いていた時のインクの痕が僅かに残っているだけで、まっさらな何もない己の左手を小生は一瞬理解できずにいました。

「あの、帝統」
「んあ?」
 私貴方にいつそんな指輪贈りましたっけ? と尋ねようとした唇を咄嗟に思いとどまらせて、
「……美味しいですか?」
「おー! 最高!!」
「それは僥倖」
 どこが。全然ちっともサッパリ、僥倖なんかじゃない。
 じわじわと胸に拡がる黒い波のような感情を持て余しながら、けれど嘘のスペシャリストな小生はにっこりと笑って「ぎょうこうぎょうこうー!」と缶ビールを開けて掲げていました。今思えばちょっとヤバいテンションでしたね、これ。


「え、泊めてくんねえの?」
 互いに腹を満たし、帝統が洗い物を終えたタイミングで彼を家から追い出そうと玄関へ連行すると、こんな図々しい発言と共に首を傾げられました。
 生憎小生、他人のモノと一夜を過ごすタイプじゃないんですよと内心毒づきながら、「今日は疲れたのでゆっくりひとり寝をキメたいんです」と誤魔化すと、帝統は善意百パーセントみたいな眩しい笑顔で
「マッサージしてやろっか?」
 と、麻天狼のハンドサインみたいな手の形をしました。
 いや要らん。いいからとっとと出て行って、小生に心の整理をする時間を寄越しなさい。
 そんな独りよがりな文句を喉元でぐぐぐと押さえ込みながらも、マッサージを模した帝統の指から目が離せませんでした。暗闇の中でもハッキリ分かるそのきらめきは、小生にとって致死量の輝きで、飲酒でゆるんだ頭は子供のように素直に感情を爆発させてしまいそうになります。
「まあ、疲れてんなら今日は帰るけどよ、いっこだけ頼まれてくんねえ?」
 こちらの顔色を伺いながら、帝統は左手の薬指を見せつけるように掲げ、「この指輪お前んちに預けていいか」と、耳を疑う頼み事を口にしました。
「これ、スゲー大事なモンだから無くしたくなくて。幻太郎なら安心できるからさ」
 無邪気にそう頼ってくる帝統の言葉は、鋭いナイフそのものでした。無遠慮に振り回された言葉に心はズタズタで、彼と一緒にいてこんな感情が芽生えたのは初めてで。
「……どうした幻太郎? 顔色悪ィぞ」
 心配そうに顔を歪めた帝統が、小生の目元を指で優しくなぞりました。その手を咄嗟に振り払って、
「ふざけないで下さい」
「え?」
「いいから出て行って。暫く小生の家には来るな!」
 ずっと我慢できていたのに、ヒステリックな声をとうとう抑えられずに、驚く帝統を追い払ってこの夜小生の初恋は幕を閉じました。






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